山形自慢

雪深い米沢の毎年2月第2土・日、松が岬公園一帯を主会場に、2日間にわたり約300基の雪灯篭、3,000個の雪ぼんぼりにロウソクの灯が灯されます。灯が揺らぐ情景は妖しいまでの美しさで見る人を幻想の世界へと誘います。松が岬公園内の鎮魂の丘には鎮魂の雪塔が建ち、第2次世界大戦で散った郷土の英霊のための鎮魂祭が行われ、献灯される市民の列は夜遅くまで続きます。また氷の彫刻や創作雪灯篭コンテストなどのイベントや物産展なども開催され、見どころも満載です。

上杉家歴代の藩主が眠る上杉家御廟所は、樹齢400年を越す老杉もある静かな林に囲まれた厳粛な空気に包まれています。正面に上杉謙信の廟屋、向って左に上杉景勝の廟屋があり、上杉謙信の廟屋を中心に12代藩主の上杉斉定までの廟屋が建てられています。また廟屋は上杉景勝から8代藩主・上杉宗房までが入母屋造り、9代藩主・上杉重定から12代藩主・上杉斉定までが宝形造りと、時代により建て方に変化があり、大名の墓所の代表例として国の重要史跡に指定されています。

米沢上杉家の家祖である上杉謙信公を祀る上杉神社、名君上杉鷹山公、上杉景勝公、直江兼続公などを祀る松岬神社の春の例大祭として始まりました。謙信公が合戦前に必ず行ったという「武てい式」、上杉軍団行列と絢爛豪華な神輿渡御が市内を練り歩く「上杉行列」、戦国史上最大の死闘といわれる上杉軍と武田軍が激突する「川中島合戦」が松川河川敷を会場に再現され期間中市内はまつり一色に彩られます。雪の残る吾妻山を背景に火縄銃の発砲、謙信公が単騎で武田軍に斬りこむ「三太刀七太刀」の名場面はじめ約700名もの戦闘シーンは現代に甦る戦国絵巻といえます。

松が岬公園(米沢城址)に位置し、祭神は戦国の名将上杉謙信です。境内には謙信の「家訓十六ヶ条」の石碑が建っています。大正8年(1919)の米沢大火で焼失しましたが、同12年(1923)に再建、設計者は本市出身で明治神宮、出雲大社、靖国神社など数多くの建築物を設計監督したことで知られる伊東忠太博士です。近くには大正12年に宝物殿として創設された稽照殿(けいしょうでん)や【伝国の杜】米沢市上杉博物館、福徳稲荷神社、春日神社、旧上杉伯爵邸などがあります。